Liber specialis lectionis

西洋中世の歴史、宗教、文化を中心とした読書日記

【文献紹介】『中世の列聖審問における奇蹟:構造・機能・方法論』

Sari Katajara-Peltomaa, Christian Krötzl, Approaching Twelfth- to Fifteenth-Century Miracles: Miracle Registers, Collections, and Canonization Processes as Source Material, in: Christian Krötzl, Sari Katajala-Peltomaa (eds.), Miracles in Medieval Canonization Processes: Structures, Functions, and Metholodogies (International Medieval Reserch, vol. 23), Turnhout, 2018, 1-39.

 

『中世の列聖審問における奇蹟:構造・機能・方法論』の巻頭論文。他に9本の論文が収められている。西洋中世における奇蹟、列聖審問に関心のある人には必読。これまでの研究動向と基本文献をわかりやすくまとめると同時に、これからの方向性が提案されている。

 

 ローマ教皇による列聖審問の手順が確立したのは1307年カンティリュープ(ヘレフォード)のトマスの審問とされる。しかし審問記録からわかる通り、自然(nature)とのどのような関係から奇蹟が生じたか、という神学的定義にもとづく分類を審問で証人たちは共有するに至っていなかった。

 

 では、どのように中世の人々は奇蹟を認識していたのか。一般的な分類は、奇蹟を起こす人物(すなわち聖人)の生前と死後というもので、審問自体の聞き取りもこれに対応する。その他には恩寵に対応すると考えられた治癒の内容、生じた時系列、証人の出身地域による配列もある。いずれにせよ、最も大切な事例は多くの場合冒頭に置かれる。つまり、どのような種類にせよ、生じた奇蹟全てが書き留められたわけではなく、常に何らかの選択の結果なのであり、分析に際してはその基準を考慮に入れる必要がある。13世紀に審問制度の整備が始まり、テューリンゲンのエリーザベトの審問でグレゴリウス9世がTestes legitimosにで証人への質問項目を指定すると、法用語の影響を受けた定型表現で奇蹟は語られるようになる。そのため、分析が困難であるが、これらの史料は証人と記録者の交渉成果であり、成立背景に崇敬をめぐる政治的社会的文脈が見えてくる。

 

 奇蹟録は聖人伝文学(hagiography)の一ジャンルとされるが伝記よりも論じられることが少なく、地域史との結びつきが強い。これは1970年代の研究初期からの特徴である。Ronald Finucane(イングランド)、Pierre-André Sigal(フランス)による数量分析が代表する通り、奇蹟の受益者たちを統計的に細かく分析し、聖人への崇敬や人間関係をあきらかにすることで俗人の日常生活をあぶりだした。その後研究が進展すると中世後半に対象が広がり、内容から家族関係やジェンダーを読み解く分析へと移行した。さらに現在では特定の出来事や事象に注目し、奇蹟録以外の史料と比較対照する研究が行われるようになっている。

 

 一方、法制史の面ではJürgen Petersohn、E. W. Kempらが基本だが、教皇の政策を主に論じているために13世紀以降が主な研究対象となる。そして、異端審問制度の成立と表裏一体に位置付けられる。これは教会法に聖人についての規定が少ないからだが、中世人にとって列聖が重要ではなかったという意味ではない。手続きをスムーズに進めるためには法的知識と審問に携わった経験を持つ人物の確保が鍵であり、その経験に頼って書類を作成し、教皇庁の審査基準に到達することが必要だった。このように書くと教皇庁が聖人の認定に絶対的権力を持っていたように見えるかもしれないが、実際には奇蹟を経験した信徒と崇敬の存在が審問開始の前提であり、両者のコミュニケーションの産物として列聖が公布されたのである。

 

 

以下、列聖と審問についての基本文献をあげる。

もっとも広い範囲を網羅した教科書的研究

André Vauchez, La sainteté en Occident aux derniers siècles du Moyen Age, Roma, 1988 (Sainthood in the Later Middle Ages, Cambridge, 1997).

教皇列聖と法制度について

Thomas Wetzstein, Heilige vor Gericht: Das Kanonizationsverfahren im europäischen Spätmittelalter, Köln, 2004.

Otfried Krafft, Papsturkunde und Heilsprechung: Die päpstlichen Kanonisationen vom Mittelalter bis zur Reformation: Ein Handbuch, Köln, 2005.

Roberto Paciocco, Canonizzazioni e culto dei santi nella christianitas (1198-1302), Assisi, 2006.

列聖審問の体系的研究

Gábor Klaniczay, Proces de canonisation au Mayen Age: aspects juridiques et religieux/ Medieval Canonization Processes: Legal and Religious Aspects (Collection de l'École français de Rome, 340), Rome, 2004.