西洋中世史を学ぶために宗教関係の知識は不可欠だが、多くの場合は聖人崇敬が関わってくる。中世は13世紀頃までは聖人認定のシステムが確立していなかったため、大きく分けると「教皇に聖人として公布された聖人」と「教皇から承認をえていないが聖人として崇敬されている聖人」が共存する状態にあった。当時の人々が教皇による列聖をどれほど重視していたかは時代によっても地域によっても異なるが、現代の研究者にとっては関連史料の残存量を左右する大問題となる。当然ながら審問史料が残るために教皇列聖された人物の方が史料が多い。また、中間的な存在として「何度も審問が行われたが列聖が実現しなかった人物」という悩ましいカテゴリもある。
どの聖人の崇敬を研究するにしても、該当する聖人と教皇庁の関わりを知ることは第一歩となる。そのため、個別の聖人崇敬研究における教皇の存在はよく取り上げられるが、反対に教皇から見た聖人崇敬や列聖制度を扱う研究はそれほど多くない。これは、中世に教皇庁というシステム自体が形成過程にあり、列聖審問が地域の聖職者の協力のもとで教皇庁の所在地から離れた崇敬の現地で開催された、という2点が影響していると考えられる。つまり、基礎文献をきちんと押さえておく必要があるが、その数はそれほど多くないということだ。ここではバラクロウ、シンメルペニッヒといった日本語で読めるものは外し、外国語文献で入門書となるものをいくつか挙げる。
・教皇列聖の理念について
E. W. Kemp, Canonization and Authority in the Western Church, London, 1948.
古典。分かりやすく、それほど長くもないので、教皇が列聖に関わることでどのように自らの権威を上昇させようとしたか知りたい場合は最初に読むとよい。
D. S. Prudlo, Certain Sainthood: Canonization and the Origins of Papal Infallibility in the Medieval Church, Ithaca, 2015.
こちらは新しいもの。主に思想面から審問制度を足がかりに教皇の無謬性理論が登場した背景がわかる。ただし、扱われるのがヨハネス22世までなので、それ以降についてはわからない。
・法制度としての列聖審問
T. Wetzstein, Heilige vor Gericht: Das Kanonizationsverfahren im europäischen Spätmittelalter, Köln, 2004.
制度面の発展を知りたいならばこちらを。基本的な仕組みは14世紀カンティリュープのトマスの列聖で完成したとされ、それ以降に焦点が当てられている。
・教皇列聖された聖人たち
A. Vauchez, La sainteté en Occident aux derniers siècles du Moyen Age, Roma, 1988.
必読。各国語に翻訳されているので、自分のできる言語で。中世全体で教皇が列聖の権利を掌握することにより宗教性にどのような影響を及ぼしたのか、または及ぼそうとしたのかの全体像がつかめる。
・個別の聖人列聖との関連
O. Krafft, Papsturkunde und Heilsprechung: Die päpstlichen Kanonisationen vom Mittelalter bis zur Reformation. Ein Handbuch, Köln, 2005.
辞書替わりに。各聖人の審問の経過と列聖勅書の概要が年代順にまとめられている。
その他に、過去の記事で取り上げた文献もある。