Liber specialis lectionis

西洋中世の歴史、宗教、文化を中心とした読書日記

勝山旅行記

 2019年8月に瀬戸内旅行に行ってきた。何箇所か回ったので、記憶のために写真をまとめておく。

 

 最初は8月10日に行った岡山県勝山。JR岡山駅から鉄道または高速バスで行ける。ガイドブックには鉄道の情報しかなかったが、こちらは本数が少ない上に2時間以上かかる。私が使った高速バスだと、2時間弱で着く上に乗り継ぎがないのでずっと便利だった(運賃は片道2,100円、往復2,700円という信じられない設定。有効期間は1週間)。

 

 岡山の観光地といえば倉敷が有名だが、勝山もこれを意識したような景観保存地区がある。町をぶらぶらするのがメインになると思うが、妙に人が少ないな・・・と思ったものの、よく考えるととにかく暑くて、体感気温は40度くらいあったのだった。

 

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 駅からメインとなる景観保存地区であるのれん通りにつながる商店街。すでに雰囲気がよい。

 

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 のれん通りの真ん中あたりにある郷土資料館。各建物にはそれぞれ異なる柄ののれんが掛かっている。ここは勝山藩主の家紋に由来する、丸に三つ引きの模様となっている。

 この地は出雲街道が通っていたために、宿場として栄えたらしい。また、太平洋戦争中には谷崎潤一郎が数ヶ月間疎開していた。ちょうど『細雪』を書いていた頃のようだ。

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 通りの終わりには市民図書館がある。水車や松など、雰囲気が大変よかったので一枚。

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 暑い中、藩主の居城だった高田城址に登ってみたが、完全な山登りだった。ここは最も高く、本丸跡と思われるところ。現在は休憩所があるのみだ。ただし、ここは整地されたのみで、本丸としての建物は作られなかったらしい。

 この後、藩主の住居跡に行こうとしたのだが、道に迷って大変なことになった。たぶん、何かの理由で通行止になっていた道の奥に目的地があったのだと思う。ちゃんと表示出してください・・・

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 藩主の菩提寺だった安養寺。藩主の墓がある一角は参道も別に設けられ、立派な門構えと塀で囲まれ、物々しい雰囲気だった。

 ここは城山の麓にあたり、寺がいくつも並んでいる。戦いになった場合はまずこの区域にある寺と隣の武家屋敷街に防衛のため、陣が敷かれることになっていたはずだ。金沢の妙立寺をちょっと思い出す配置だが、こちらの方が町の規模が小さい分、ずっとコンパクトで狙いがわかりやすい。また、金沢よりも高低差が大きく、谷が空堀のような機能を果たしており、よく選び抜かれたところに拠点を置いたことがわかる。

 ちなみに、この寺は民主党結成前夜に鳩山兄弟がその政治的決意表明した寺でもある。江戸時代にこの藩の家老だったので無関係という訳ではないが、なぜわざわざここまで来る必要があったのかはよくわからない。