Liber specialis lectionis

西洋中世の歴史、宗教、文化を中心とした読書日記

史料紹介:ハッケボルンのメヒティルト『特別な恩寵の書』(Liber specialis gratiae)

 ドイツ・ザクセン地方にあったシトー会女子修道院ヘルフタで書かれた神秘主義、幻視文学のテクスト。著者はハッケボルンのメヒティルト(1241~1298年)とされるが、これは彼女の幻視を記録しているためで、本人が書いたのは全7巻中第4巻の後半のみである。残りはヘルフタのゲルトルートを始めとする修道女の共同体による。ヘルフタ修道院については、マクデブルクのメヒティルト『神性の流れる光』(創文社、1999年)にある訳者香田芳樹のあとがきが最もわかりやすい。

 巻ごとの内容は以下の通り。

  第1巻:幻視と啓示

  第2巻:恩寵の体験

  第3巻:霊的生活についての教訓

  第4巻:修道会に関わる出来事と啓示

  第5巻:死者たちの運命についての啓示

  第6巻:ハッケボルンのゲルトルートの死の様子と讃辞

  第7巻:ハッケボルンのメヒティルトの死の様子と讃辞

 

 この史料は写本、初期活版印刷が250点以上あるために校訂作業が遅れ、中世での影響力と比べて現代での研究が少ない。ここでは、刊本と現代語訳に限定してあげる。

 

Revelationes Gertrudianae ac Mechtildianae, Oudin, Henry, Louis Paquelin (eds.), 2 vols., Paris, 1875-77. 

https://play.google.com/store/books/details?id=m2nPFnIyGNcC&hl=ja

 現在『特別な恩寵の書』の唯一の刊本として使用されている。底本は1370年に完成したヴォルフェンビュッテル写本で、7巻構成はこの写本のみである(他の写本は5巻まで)。Google Booksにデジタル化されたものがあるため、参照と検索は簡単だがレイアウトは使いにくい(と思う)。

 紙媒体を入手したければ、上智大学中世思想研究所に所蔵がある。ただし著者が「マクデブルクのメヒティルト」として登録されているため、OPACを著者名で検索してもヒットしない。

 

『特別な恩寵の書』、梅原久美子訳、上智大学中世思想研究所編訳・監修『女性の神秘家 中世思想原典集成15』平凡社、2002年、485-574頁。

 日本語で読める貴重な翻訳。著者やテクストの成立背景、写本系統の問題など解題も熟読する必要がある。訳は第2巻のみなので、幻視内容に興味がある人にはとても有益。

 

Das Buch der besonderen Gnade (Liber specialis gratiae) (Quellen der Spiritualität 2), Mechthild von Hackeborn, Übers. und eingeleitet von Klemens Schmidt, Münsterschwarzach, 2010 .

 ドイツ語全訳。全体像の把握には不可欠だが訳文は要注意。ラテン語だと素朴な書きぶりで「見たものをそのまま書こう」という試行錯誤がうかがえるけれど、こちらは読者にわかりやすく伝えようとする熱意のあまり、かなり内容を補った華麗な文となっている。また訳者は神学畑の人らしく、全体を通じてほとんど注がない。

 

 なお、未見だが、フランス語も全訳がある。

Le livere de la grâce spéciale: Révélations de sainte Mechtilde, vierge de l’ordre de Saint-Benoît traduites par les péres bénédictins de Solemes sur la nouvelle édition latine, Paris, Poiters, 1878.

 

The Book of Special Grace, Mechthild of Hackeborn, Barbara Newman (ed. and trans.), New York, 2017.

 最新の現代語訳。ニューマンが訳しているため信頼性が高く、注の充実ぶりは特筆すべきものがある。それでも、抄訳という点には注意が必要。もとの章番号が振られているので復元できるが、第5巻のように後半が大幅に省略されていると別の版がない限り欠けている章がわからない。また配列がテーマごとにアレンジされているため、うっかり最初から読むと文脈を読み違える可能性もある。独仏語訳との併用が不可欠である。